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09.05up
Vol.5
【対談】三宅 香×小林武史

パリ協定を機に変わってきた企業の意識。

小林いろいろな方が取り組まれていることを、ap bankとしても勉強させてもらったり、ap bankを応援してくれている方々に紹介したり、繋いでいけたりするようなことが出来たらと思っているんです。僕らは2003年にap bankを作ってるので、もう20年やっていて、まわりでもずっと頑張ってる人がまだまだいらっしゃる。そんな中、新しい人たちの活動も出てきている感じなんだけれども、新しいといえば三宅さんも比較的最近なんですよね。

三宅そうなんです。

小林僕は少し前から三宅さんの活動を拝見していて、すごくアグレッシブに活動してる方が現れたなと思ってました。今日は改めて、経緯みたいなところから、今やられていることの紹介も含めてお話しいただけますか。

三宅私が環境問題の活動を始めたのは2017年からで、前職のイオンで環境社会貢献担当になったことがきっかけでした。企業の存在意義の中には、利益を出すことのほかに「価値を生むこと」が入っていて、その価値を生み続けるためにも気候変動問題には取り組まなければならないと思います。地球が壊れてしまっては、そもそも 企業そのものが存続できないですよね。2015年のパリ協定を機に、自社も何らかの対策をしなければならない、と思い始めた企業がたくさん出てきました。気候変動問題というのは1社では解決はできない。この気候変動問題をなんとかしなきゃいけないと志を同じくする企業が集まって、一緒に変えていく取り組みを行う、企業間ネットワークみたいなものがJCLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ)という団体です。多くの方に知ってもらって様々なステークホルダーも巻き込むというのがこれからは大事かなと思っています。その様々なステークホルダーの中でも、特に大切なのが消費者、普通の生活者だと思っています。生活者の生活スタイルは経済活動に直接影響します。環境負荷の少ない製品だって、お客さんが買ってくれないと始まらないです。なので、これからは、消費者や生活者も交えて皆で考えていかなければならないと思っています。

小林どんどん企業が変わってきたという中で、日本の企業ももちろんビジョンを持って、スピード感やエネルギーをかけて取り組んでるというところはあったと思うけれど、世界との温度差というか、その辺のことに関してはどんなふうに感じていられましたか?

三宅2017年の頃は温度差が大きすぎて、ちょっとびっくりするぐらいでした。日本では気候変動について企業が語ることもほとんどなかったですし、意識も低かった。ここ数年で風向きが変わってきた1つの要因が、実際に激甚化している自然災害です。豪雨だったり、台風が大きくなったり、あと日本ではあまりないですけども、海外ではひどい干ばつがあったり。そういった自然災害による被害が非常に大きくなってきて、もう無視できなくなってきている。2017年頃は、自然災害と気温上昇の関連性もそんなに語られていなかったですし、「本当にそれ関係あるの?」という懐疑論がまだまだ根強かった。それがここへ来て、IPCCや世界の科学者のレポートにも明確に「人間活動が原因です」と書かれるようになってきて、直視せざるを得ない状況になってきた。それでも日本ではまだ、社会課題の中でも最重要課題の1つだとはなっていないのが現状です。やっぱり今、気候変動問題は、国を挙げて取り組むべき最優先課題として認識する必要があると感じています。

小林気候変動が激甚化してきていることはもちろんありますし、温暖化に対しての動きも2003年にまったくなかったわけではないけれど、東日本大震災で福島の事故があって、CO2の問題よりも放射能の問題ということがものすごく大きくなってしまった。福島のことがあるからこそ自然エネルギー、再生エネルギーだということが求められるところに、日本はそこで玉虫色の地団駄を踏むというか。慌ててバタバタしなくてもいいけれど、思考停止にならないで、みんなそれぞれ意識を持つ、そこが増えていってほしいと思うんですよね。

三宅なぜ日本人が、グローバルと比べて温度差があると思ってしまうのか、その原因として思うのは情報が足りていない。情報の不均衡って、実は重要な課題だと思っています。入手できる正しい知識がどれだけあるかによって判断って変わってくる。そういった情報へのアクセスとか、科学的なデータに基づく情報だとかがきちんと発信されていない。なんとなく不安だけど、良くわからないから目を瞑ってしまう。グローバルで発信される情報って大体が英語なので、言語の問題もあって普通の生活者が正しい科学的な情報に接する機会が少ない。だからって思考停止になってはいけないというのは、おっしゃる通りで。だからこそ新しい情報がちゃんと発信され、それについて議論ができる場があり、そして疑問があれば皆で一緒に答えを探しに行く。そういったことができる社会になるといいなと思ったりします。 情報の温度差と言えば、今年日本が議長国で開催したG7の結果の伝わり方にも表れていたと思います。環境分野の一部の人からは石炭のフェーズアウトが明確に記載されなかったことを残念に言う人もいますが、一方で、「1.5℃」という言葉が、環境会合のコミュニケの文章に30回使われたという事実は、余りほとんど報道もされていません。私も実際に自分でカウントしてみたら30個あって、明確に1.5℃が目指す所であるということを印象づけました。私は国際法には詳しくないですが、専門家の先生曰く、日本が議長国として開催した今回のG7の環境大臣会合のコミュニケは、正式な公約であり、日本を含むG7各国が1.5℃整合の排出経路にコミットしたという意味は非常に大きなものであるということです。でも、国内の報道では、そんなことは伝わってきません。

次世代の若者たちのために社会がすべきこととは。

小林ヨーロッパなどでは若い世代が中心になっている動きが聞こえてきますけれども、日本は、まだ薄い感じがするところもあると思うんですが。三宅さんはその辺りどう思われますか。

三宅層の厚さみたいなことで言うと、やっぱり日本は薄いなと思う時はあります。いないわけではない、活動されてる子たちもいるんですけど。大人も悪いのかもしれないですが、「そんなことやってても就活で得にならないって大学の先生に言われる」とか残念ですよね。何を主張するのかはもちろん大事なんですけれど、活動をすること、主張すること、考えて発信すること、その行動自体を褒めてあげるような文化が、まだ日本には根づいていないのかなと思う時もあります。

小林民主主義の中でちゃんと声を出すことや、選挙に行くことの大切さ、社会的な関わりがこれだけ大切だと言われてるのにね。

三宅そうですね。私自身は、産業界に身を置いているので、「理想」や「あるべき姿」がある一方で、現実解も模索していかなければいけない。本当に変えるためには、現実解を視野に入れつつどうしていくべきかという考えを個人的には持ってしまうところもあるので。だからこそ逆に言うと若者にはもっと、そんなことにとらわれることなく声を出してもいいかなと思うんですよね。理想に近いところで、こうしてくれっていう。それを受けて、大人が「そうだね、理想はわかるし、それもそうだし、できることはここで」って押したり引いたりするのがどちらかというと健全な、というか、そうやって進むわけですから。そこにどれだけ寄り添えるか。それを現実的に、今どこまで変えることができるのかっていうのを私たちがもっと模索する。それを若い子が「もっともっと」って言うみたいなことって、私は非常に健全だと思うんですけれどね。最終的には、次世代の若者たちが地球を引き継いで行くわけですから。彼らには、口を出す権利がありますよね。

小林全くその通りですね。やり方のちょっとした違いはあるけれども、いろいろなことに耳を傾けていかなくてはいけないということは思うんですよね。若い人たちに活躍をしてもらうために我々はどういうことやったらいいのかって、どう思われますか? 間違いなく次のバトンが渡っていく人たちに対して、ということなんですが。

三宅環境の世界では、まずは教育、しかも学校教育ですね。幼稚園はちょっと言い過ぎですけど、小学校からどれだけきちんと環境教育みたいなものが入り込むか。今はもうかなり入ってますね。数年前からSDGsもそうですけれど、環境に関しても、小学校、中学校と明確に入ってきている。なので、ここから先の若い子たちは一定の基礎レベルの知識が入った子たちがどんどん育っていく。これは明るい未来ですよね。もう一つは、この前ある先生方とお話をしていて激しく合意したことがあるんですけども、それは日本人の発信力です。その時は、グローバルルール形成の中に日本人としてどれだけ入っていけるか、なぜ入っていけないのかという議論の中での話だったんですが。そういう人材をもっと意識して育てないといけないよねという話はしていました。ツールとしての英語力だけではなく、交渉事だったり、怖気づかない、自分に自信を持って発信ができること。それともう一つはパッション。なるほどと思いました。熱意と言語と、ちゃんと主張するというメンタリティー、こういったものを持った若者をどういうふうに育てていくか。ただ、今、小林さんがおっしゃってるのは、どういう環境を作ったらそういう子が生まれるのかっていう、どっちかというとそっちの話ですよね。

小林いやいや、でも本当に、何につけてもやっぱりそういうことに繋がって来るなというのを納得しながら聞いてました。いずれにしてもエネルギーをかけて、若い人たちとグルーヴというか、お互いに揺さぶってみたり、そういう化学反応を起こしていくっていう場を作っていくということは大事ですよね。

三宅そう思います。「言っていいんだよ」というか、発信する場が安全なんだよというか。さっき就活の話をしましたけど、発信して安全だと思えないから彼ら彼女たちは言わないわけですよね。

小林そうね。ここの場は大丈夫っていう、守ってあげられるような何かがやっぱり必要なんでしょうね。確かにそうだと思います。何かそういう場作りを考えていきたいですね。

三宅 香

米国ウェスト・バージニア大学を卒業後、1991 年にジャスコ(現イオン)株式会社へ入社。国際本部、財務部等を経て、2008 年に子会社であるクレアーズ日本株式会社代表取締役社長に就任。2014 年イオンリテール株式会社執行役員、2017 年にはイオン株式会社執行役として環境社会貢献、IR・PR、お客さまサービスなどを統括。2019 年より先進的に脱炭素社会の構築に取組む企業ネットワークである日本気候リーダーズ・パートナーシップの共同代表を務める。2022 年三井住友信託銀行株式会社へ入社。ESG ソリューション企画推進部にて様々な業界の企業の脱炭素化を金融業界から支援。

JCLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ) https://japan-clp.jp/about/organization