MAGAZINE

マガジン

08.30up
Vol.4
【対談】堀久美子×小林武史

東日本大震災のボランティアで学んだこと。

小林堀さんと最初に会ったのは、前に所属されていたUBSという銀行の方が紹介してくれたのがきっかけでしたよね。「社内で東北の復興のことをやっている人がいて、すごく面白い人だからぜひ会わせたい」と。東日本大震災があってすぐap bankは石巻にボランティアのベースを置いて支援活動を始めたんだけど。堀さんは、もっと他のエリアにも行ってたんですよね。

そうですね。被災地は、福島・宮城・岩手の三県ほぼ全域に行きました。石巻に行ったのは小林さんや ap bankのボランティアの皆さんとちょうど同じ頃だと思います。

小林UBSに入られて、ずっと社会貢献活動を担当されたんですか?

はい。UBSでは16年間、CSR・社会貢献・ダイバーシティに取り組みました。今で言うESGやサステナビリティ推進ですが、ESGの中でも「S」の部分、ソーシャルが専門です。国の経済力を上回るような企業が出てきて、そういった企業の社会に対する影響力が大きくなってくると、経済性と社会性の両立をどう担保するかも重要になってくる。UBSはじめ企業や政府機関で、組織が社会課題に向き合う、組織と社会との間をつなぐ仕事を20年以上やってきました。災害などが起きた時に「自分たちの組織はどう貢献すべきか」を調査分析し、企画し、実践していくのも仕事の一つです。企業って健康な社会がなければ経済活動ができないわけですから、私たちは金融機関で、商品サービスを提供する訳ではなく、会社のメリットとか関係なく出来たということはありました。その地元の人たちが望むことにとにかく伴走しようと。でもやってみると会社にとってのメリットもあったんですね。それは、地域社会からの信頼と共に、社員の成長です。ボランティアの社員たちが、助けに行ったつもりが、そこで何かを学んで、逆に助けてもらったような気持ちになる。小林さんが利他と利己の話をされている時に、「あ、そうだな」って思ったんですけど、ボランティアって利他的な想いで行くんですけど、帰ってくる時には、何がしか勇気をもらったり、あるいは生きるってどういうことなのかっていうことを学んで帰ってくる。利他と利己が響き合う感じなんですよね。

小林確かに、全ての人にそれが当てはまるかどうかわからないけれども、そういう感覚は広がっていきましたよね。なんて言うか、いつもの自分の仕事とは別のチャンネルなんだけど、何か自分にとって、それぞれの「生きてる」っていうことに、充実感に繋がるようなものをきっと感じていくんですよね。ボランティアに行くということが、どこかで社会や世界とかとの繋がりを、そこで感じるということになる。

そういう視点とか学びありますよね。東日本大震災への復興支援では、6年間で1,011名の社員が3万時間強のボランティア活動を行いました。そこでの学びは大きくて。もちろん失なわれたご家族や財産は取り戻せないけれど、だからこそ、より良いまちを作ろうとか、良い生き方をしていこうという地域の人々に寄り添って、一緒に未来を考えることはできる。それが社員たちの日々の仕事にも生かされるという良い循環ができました。

「ないと困る」と言われるCSRを目指して。

小林企業がCSRにばかり力を入れたりすると、例えば株式会社だったら株主が「もっとちゃんと儲けのことを考えてよ」って、本音で言うとそうなっちゃう。やっぱり企業は利益があって成り立つものなので、CSRってどこか追い詰められたり晒されたりするじゃない?

しますね(笑)。

小林自分たちが得をするということだけで社会が出来てるわけではないから、みんなが「自分たちだけが良ければ」って言い出したら大変なことになるのは、現実的に間違いないのでね。東北の震災の時もそうだったけれど「困った時はお互い様」っていう言葉、そういう日本的なというか、世界的にも、ちょっとニュアンスは違うかもしれないけど、根本にあるものはやっぱり同じようなものを感じるでしょ?

感じます。私はオーストラリア、ニュージーランド、東南アジア、台湾、香港、中国、日本、韓国インドまでのアジア・太平洋地域13カ国を担当していたんですが、サステナビリティに関して、企業への社会の期待は高まっているし、社会に悪いことをしないでほしいという株主やお客様も増えています。海外では日本よりも人材の流動性がもっと高いですから、社員もこの会社で働きたいと思ってくれなければいけない。株主からもお客様からも社員からも選ばれる会社じゃなければ人は離れていくわけです。それには何が必要かっていうと、どれだけ社会に貢献できてるかってことなんですよね。企業の活動と社会の課題、あるいは社会からの期待の掛け算で、最もサステナブルな未来を描く、そんな式を作ることを、自分の専門性にしています。

小林企業の利益からもあまり離れすぎず、でもそのバランスがいつもきちんと取れるわけじゃなくて、ちょっとバランス悪かったりすると偽善っぽいようなことになったり、ちょっと足りないなって思いになったり、いろいろあると思うんだけど。

「nice to have」にならない、要は「あってもいいよ」っていう取組じゃなくて「ないと困る」っていう取組にしようと思ったんです。社会貢献とかCSRって偽善っぽいじゃないですか。お金なくなったら一番最初に切ってしまえ、みたいになりますよね。そうじゃなくて、ないと困るし、あったからこそ、お客様にも、社員にも、お取引先からも社会からも選ばれます、っていう風に変えたかった。

小林変えたかったのはわかるんだけど、原理原則から言えば、商売っていうのは儲かることが大事なんだって、いろいろ社長から言われたりすれば、「そんなことわかってます!」っていう感じになるでしょ。

なります(笑)。

小林だけど僕が聞きたいのは、なんで堀さんはそれでも「それが必要だってなるはずだ」と、確信を持って今まで活動してるのかっていうことなんですよね。本当の意味での確信ではないのかもしれないけど、それを信じてずっとやられているのは、堀さんが、自然も含めて、人間もそうなんだけど、そこの中で心の動きみたいな、人と人とがつながっていく時の化学反応とかグルーヴみたいなものがすごく好きなのと、そういった動きが、命の根幹というか、きっといろんなことを動かしていくんだっていうふうに思ってるからなんじゃないかと思ってるんですね。

人を変えることはできない、でも、人が変わることを信じることはできると思ってるんです。今、目の前にいる人は声が出ないかもしれないけれど、そばに居続けることによって、いつか違う明日を迎えるかもしれない、人が変わることを信じるというのは徹底してます。

小林それって教育者的な資質がすごくある感じがするけど、必ずしも一気にそっちには行かないんだね。

そうですね(笑)。大学時代の恩師は、EC(ヨーロッパ共同体)をどう作っていくか、多様な文化や考えがある中で共存していく人を育むという世界初とも言えるの試みの枠組みを作った、広義での市民社会教育のパイオニアでした。違いがある中で共存する。喧嘩じゃなくてちゃんと互いの考えも主張し、よりよい暮らしや社会の在り方を模索する、そういう姿勢は身についたかもしれません。

小林一瞬、喧嘩みたいになるかもしれないけど、そこにもう1回潜って、それを解決し得るっていうふうにね。

自分は相手を変えられないし、相手も自分を変えられない。それぞれ嫌なことがあっても逃げないでコミュニケーションし続けると、なんか共鳴して音ができていく。そのプロセスがあったからこそ見える世界があるじゃないですか。やらなかったら見えない世界ができちゃうかもしれないので、対立も恐れず対話を続ける大切さを学びました。

小林ところで、堀さんは近年の資本主義の最もダイナミズムが一番起こりやすい金融の部分にあえて身を置きながら、いろんな企業、会社、もちろん個人もですが、見てらっしゃいますよね。

資本主義って、人間が積み上げてきた仕組みで、もちろん不完全な側面もあるかもしれないですけど、やっぱり透明性とか公正性があるんですよね。結局お金が動くためには、いろんな意味でそこに関わる全ての人にとってフェアで透明性がなければいけないので、資本主義自体はすごく大事な仕組みだと思っていて。いろんな問題も起きるので、それをどう進化させていくか。今、人的資本や社会的資本とか、お金以外の資本も注目される一方で、金融やマーケットのあり方もどんどん変化している。そうは言っても人がやることなので、金融機関にかかわらず、一人ひとりが其々の場で自分らしく活躍できる組織や取組が社会の進化なんじゃないかなと。

小林確かにね。資本主義が全てお先真っ暗って言うだけでもなくてね。

批判だけじゃなくて、今あるものをより良くしていく方が、私はエネルギーの使い方としては正しいなと思っています。

小林確実に変わってきている傾向もあるので、そういったこともap bankのお金の使い方の中に生かしていければと思っています。今日はありがとうございました。

堀 久美子

元Head of Social Impact - Asia Pacific, UBS AG 14歳で渡英し、英国国立ヨーク大学で学士、レディング大学で修士号取得。2000年に帰国後、法務省所管の人権機関で専任研究員、(株)損害保険ジャパンCSR室を経て、2007年からグローバル金融機関UBSでCommunity Impact、Diversity, Equity & Inclusionを担当。2018年香港オフィスへ移籍、アジア太平洋13カ国・地域にわたる社会貢献/CSR/ESGプログラムを統括。