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07.07up
Vol.3
【対談】辻 信一×小林武史

「役に立つ」という言葉を一回疑ってみよう。

小林今回のap bank fesは、「社会と暮らしと音楽と」というサブタイトルが付いているんですけど、その社会と暮らしは確実に繋がっている。そういうことに対して改めて辻さんはどういうふうに考えられているかを、僕らより若い世代の人たちにも繋いでいくような、そういう活動も紹介していけると良いなと思って今日はお時間いただきました。

コロナに入ってわりとすぐに坂本(龍一)さんが朝日新聞のインタビューを受けていて、そのタイトルが「無駄を愛でよ」というものでした。国が人々に「不要不急を避けよ」ということを言う、その中でアーティストたちが非常に厳しいところに立たされていく。そういう状況に対して、彼は一言言ったわけですけれども。それがひとつのきっかけになったなと今になって思うんですが、コロナの間に僕が書いたのが、今年の1月に出した『ムダのてつがく』という本です。今、世の中は、「役に立つ」という一種の呪文みたいな言葉でがんじがらめにされている。役に立つというのは、経済学の基本ですよね。経済の観点から、ムダなモノやコトやヒトを省くことを効率化するとか生産性を上げるとかというわけです。一方で「タイパ」というような言葉が流行っていて。音楽は、イントロ無しでいきなり歌から入るとか、映画は、10分くらいにまとめて編集したやつを不法に売って捕まったりとか。そういう傾向がものすごい勢いで広がっている。時間のムダを切り捨てる。そういうことばかりやっているから、だんだん、自分がやっていることはムダなのではないか、という思いがつきまとって離れない、ということになる。そしてしまいには、自分の人生そのものが、自分自身の存在そのものが、ムダじゃないかという疑いを抱くようになる。そして社会が自分のことをムダな存在だ思っている、という強迫観念を抱くようになる。そういう不安や恐怖にますます多くの人が脅かされるという時代になっているんじゃないでしょうか。

小林そういう時代になってきてますよね。

『ムダのてつがく』は、「役に立つ」という言葉を一度、大真面目に疑ってみようという提案です。実は僕たちがムダを省こうと思って切り捨ててきたコトやモノの中に、実は、すごく大切なものがたくさんあったかもしれない。それを見直してみよう、ということなんです。別に、「役に立つ」を否定したわけではなくて、ただ、世界は、人生は、「役に立つ」ことばかりでできているんじゃないよ、と言いたいわけです。世界がもしも、「役に立つ」コト、モノ、ヒトばかりで覆い尽くされたら、それは実は恐ろしい世界だと思う。でも、そういうディストピアに僕たちはどんどん近づいているじゃないか、と思うんです。 『ムダのてつがく』で言いたかったことを、ムーブメントとしても広げたいなと思って、今使っているのが「ムダ活」という言葉です。「ムダ活」というのは面白い言葉だなと思って。婚活とか妊活とか、「〇〇活」というのがいろいろ流行っているけど、よくよく考えてみると、「活」という言葉の大もとは「生活」、つまり「生き活」です。生きているだけでいいわけです。今の世の中は、その生活が隅っこに行っちゃって、あれこれ、一定の目的に役に立つようなことばかり奨励される。国のために、社会のために、効率性と生産性を上げてせっせと働け、みたいな。婚活、妊活、終活なんて、社会にあれこれ言われる筋合いじゃない。「余計なお世話」なんです。もう一回、暮らしというか、生きているだけでいいんだよ、役に立つことより、生きていることをただ楽しもうよ、という原点に戻らなくちゃいけないんじゃないだろうかと。

わからないことを「わかったこと」にしない。

最近、枝廣淳子さんが『答えを急がない勇気 ネガティブ・ケイパビリティのススメ』という本を出されましたが、僕も『ムダのてつがく』でその「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉について書いています。「わからないということに耐える能力」というような意味ですが、今、この大切な力が全世界でとても弱まっていることに僕は危機感を感じています。コロナになった途端に、政治家たちはコロナに対する「戦争」と言いだしたでしょ。でも、誰ひとりとしてコロナが何者か、ウイルスとは何かを知らないのに。知らない相手とどうやって戦争するんだよという話ですよ。でも、わからないというような態度、曖昧な、どっちつかずの態度みたいなものは冷たい目で見られて、排除されがちですよね。でも、よく考えてみたら、僕たちの人生はわからないことに満ちているわけです。

小林ほんとですね。

それに向き合う能力がないなら、そもそも生きられない。だからみんな苦しいんだと思います。わからないことを「わからない」とも言えない。「わからない」というあり方そのものがムダと見なされちゃう。

小林地震があったりすると、学者の方がテレビに出て、質問されれば明確な答えをしなくちゃいけないんでしょうけれど。科学的見地に立って分析していても、それを言い当てることは難しい。恐らくいろんなことが繋がっていて起っていることだし、いろんな要素が繋がっていることを、僕らが知り得るのはとても難しいことですよね。

わからない部分を、専門家をいろいろ呼んできて、とにかくわかったことにして次のニュースに進むという。それはすごく感じるな。

小林いろんなことが繋がり合って、その中で生きてもいるけど生かされてもいるんだ、みたいなことが、合理性の中で、そういう想いが消されてしまって。

そう、そう。

小林それに対して「ムダ活」、すごく素敵だと思いますけれども。たとえば、若い世代なんかでも、釣りをやったり、サウナがブームになったり。ああいう傾向は、辻さんにとってはどう思われていますか。

すごく大事だと思う。何かの役に立つということから自由な領域を持っていることと、持っていないことには、大きな違いがある。そもそも、子どものときにはみな、遊びというムダの名人だったんです。僕は大人たちの中に眠らされている遊びにこそ希望を感じます。音楽もアートも遊びです。坂本龍一さんが「ムダを愛でよ」といったのも、そのことです。

大地を再生する農業が目指すもの。

小林ap bankの流れというのは、いろいろな形がありますけれども、暮らしの営み、その先に社会が繋がっている、というようなことに向いてきていたというのはあるんです。他方で、言葉などで批判・攻撃するということがありますけれど、ap bankの流れというのは、恐らくそっちよりも、僕らの暮らし・営みということから、未来・社会というものに繋がっていくきっかけみたいなもの。今回のap bank fesもそういうものでありたいと思っているんです。

小林さんは「リジェネラティブ」って聞いたことあります? 僕は今、友人たちと、その「リジェネラティブ」を日本に根づかせるための活動をしています。少しは「役に立つ」こともしようか、と(笑)。この言葉を「大地再生」と訳して、この考え方や生き方を紹介する映画を日本に持ってきて、その上映活動をやっているんです。『君の根は。大地再生にいどむ人びと』というドキュメンタリー映画。これ、ぜひ観ていただきたい。すでに世界中で、農業、林業、漁業などさまざまな分野の取り組みが始まっていて。食べ物の生産や流通の仕方を変えるだけで、気候危機の問題に光が見えてくるという話です。 北海道に、この大地再生農業を4、5年前に始めた農場があって、僕は、そこにこの2年通っているんです。

小林北海道の農場で、何か具体的な試みを始めているんですか。

そうです。北海道長沼のメノビレッジという農場ですが、そこの人たちを中心に、「大地×暮らし研究所」というのをつくって、活動を広げています。

小林生きる力の再生、ですね。

そう、その僕たち人間の生きる力を支えてくれるのは大地再生の力だと。「ゼロエミッション」というのはよく言うけど、ゼロエミッションになったとしても、すでに大気中にあるCO2はどうすることもできないわけですから。鍵は林業と農業と漁業です。大気中に過剰にある炭素をもともとあった場所、つまり、土や海へと戻すことができるのは大地そのものの再生の力です。人間中心主義から、大地中心主義という世界観の転換とも言えます。

小林大切な情報ばかりですね。農業でそういう展開をしていくことが、かなり増えているようですね。 ap bankの活動は、単なる潜ったところでいい感じでさまよっているだけではなく、言葉にしていかなくちゃいけない部分もあるし。そういう活動をちゃんと絞りながらやっていくべきだということに立ち返っているところもあります。

ええ、言葉にしていくことも大切ですよね。 そう言えば、最近読んだすばらしい本がもう一つあります。『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』という世界中で話題になった本なんですが、聞いたことないですか?

小林ないです。

これもリジェネラティブ(大地再生)という世界観の転換を表現をしている本です。

小林いっぱい教えてもらっているな。読みたいです、全部。

簡単に言えば、森というのは、すべての木、そして微生物の助け合いによってできている、という話です。生き物たちが生存のために競争して繰り広げる「弱肉強食」の世界という従来の物語とはまったく真逆の、共生の世界として、森が描かれている。樹木も、土中の菌類も、みなすぐれた知性を持っていて、インターネットのように繋がり合って協力しあっている。絶望しかけている人にも希望を与えてくれるような、すばらしい本です。

小林NHKの番組でそういうのを観ました。

そう、僕は見なかったんだけど、やったみたいですね。 小林さん、ぜひ、若い世代が希望を感じるような面白いことやってください。

小林今後ともよろしくお願いします。

辻 信一

文化人類学者、環境=文化アクティビスト。明治学院大学名誉教授。1992年より2020年まで明治学院大学で「文化とエコロジー」などの講座を担当。1999年、ナマケモノというスローな動物の生き方をヒントに、持続可能な社会や暮らしを目指す「NGOナマケモノ倶楽部」を設立。以来、その代表として「スローライフ」、「ハチドリのひとしずく」、「キャンドルナイト」、「しあわせの経済」などの社会ムーブメントの先頭に立つ。著書に『スロー・イズ・ビューティフル』、『常世の舟を漕ぎて』、『ナマケモノ教授のムダのてつがく』など。映像作品に『アジアの叡知』(DVDシリーズ、現在8巻)など。

辻 信一ウェブサイト https://www.sloth.gr.jp/tsuji