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06.30up
Vol.2
【インタビュー】櫻井和寿 つま恋でap bank fesを開催する理由

インタビュー・テキスト 川口美保

ap bankの初心に戻る。

――つま恋でのap bank fesは、2018年以来、5年ぶりの開催となります。思い返してみて、2018年のap bank fesでの記憶はどんなことが残っていますか?

櫻井5年前のap bank fesで何を歌ったかとか、そういうことは実はあまり覚えていないんです。ただただ、久しぶりのつま恋での開催が嬉しくて、とても楽しみにしていたことや、バックステージでボールを蹴ったりしてたこと……、なんて言うんだろうな、僕らにとっての大人の夏休みの思い出として残っていて。つま恋って、友達や親戚が夏休みにみんなで集うみたいな空気があるんですよね。「よく来たね」という曲にあるように、親戚のおじちゃんのような気持ちで「よく来てくれたねー」と、本当にそう思うんです。

――それほどに、つま恋はap bank fesのホームグラウンドになっていると。

櫻井本当にそうだと思います。だけど、ap bank fesは普通のフェスをやるのとは違うので、ちゃんと目的がないとやれないなと思っているんです。

――そういう中で、2023年、「今年は開催しよう」となったのは何かきっかけがあったのですか。

櫻井最初、小林さんから連絡があって、もちろん目的はないといけないんだけど、コロナが収束に向かう中、あのつま恋でみんなの声を聞きながらライブがしたいと思ったのが先にありましたね。だから、今回はミュージシャンエゴの方が先に来ちゃっているのかもしれない。

――その上で、なぜ「ap bank fesをやるのか。ap bank fesとは何のためのフェスなのか」という目的を問い直す時間があったのですね。

櫻井そうですね。そうやって小林さんと話している中で、Mr.Childrenの多くのジャケットや2011年のap bank fesのパンフレットのデザインを手掛けてくれた信藤三雄さんが今年お亡くなりになったり、また、3月末には、表現を社会的な活動のひとつとしてやるということを教えていただいた坂本龍一さんがお亡くなりになった。だから、お2人へのリスペクトと、あらためて僕らもap bankの初心に戻って、「そもそもap bank fesとは」と考えるところからはじめていきました。

――ap bankの発足が2003年。そこから20年が過ぎていますから、坂本龍一さんがap bankの最初の立ち上げに関わっていることを知らない人も多いかもしれません。

櫻井僕も近年お会いする機会はなかったのですが、振り返ると、最初に坂本さんからお誘いいただいたのは2001年、「地雷ZEROキャンペーン」の時です。その後、坂本さんを中心とした環境問題のメーリングリストに僕と小林さんが参加して、そこからap bankはできていったんです。

大事にしているのは「中道」と「無分別」。

――立ち上げ当初、ap bankは環境問題のひとつとして、エネルギー問題や地球温暖化についての取り組みも行っていましたが、その頃から、櫻井さんの中では環境問題への捉え方が変わってきていますよね。

櫻井そうですね。環境問題も、本当に人為的な温暖化が起こっているのかということに対して、僕は100%信じてはいなくて、今でもフラットな立ち位置にいたいなと思っているんです。仏教に「諸行無常」という言葉がありますよね。「常であることなんてない」という。常に変わり続けているのに、いつと比べて温暖化って言ってる?と思うんです。 それは「サステナブル」という言葉に対してもそうで、世の中のいろんなことがいろんな状況、雨が降ったり、すごく暑くなったり、常に変わり続けているわけで、ずっと持続してこの現状を持続していこうということ自体がおこがましいのではないかと思ってる。もし温暖化している今があるなら、その「今」を謙虚に味わっていくことの方が僕にとっては大切。だからどんな状況でも楽しんでいくというか、それをプラスに発想していく、「これ、幸せじゃん」と思える感性の方に、僕は環境問題よりも興味があるんです。

――環境問題を考える時に、ご自身が心がけていることがありますか?

櫻井大事にしていることは「中道」。極端な思考になったり、極端な行動に移さないようにしています。

――それは、櫻井さん自身、極端な方にいきそうになることがあるということでしょうか?

櫻井いや、どんどんならなくなってますね。それともうひとつ、「無分別」でありたいとも思っています。

――無分別。

櫻井「分別がない」って、悪く捉えられがちだけど、その分別は、その人が教えられた、または経験に基づく概念によってできていると思うんです。僕はそこからできるだけ離れて物事を考えるということをしようと思っていて。よく、「主観」と「客観」という言い方をしますけど、「主観」の反対語は「客観」ではなくて、その客観すら、「自分の考える客観とはこういうものだ」という主観が入っていると思うんです。それは自分にしか見えていない客観であって、自分が見えていない客観が本当はあるべきだから、その客観も主観もなく、ただ無分別でありたいんです。 そんなふうに思うのはなんでしょうね……。どこかで、いつ死んでもいいやと思ってるからそんな感じなのかもしれない。ただ、在ればいい、という……。

――「死」ということに関して、何か思ったことがあったのですか。

櫻井最初のきっかけは2002年に小脳梗塞の疑いで活動が休止した時ですけど、そこから元気になって、ロスで車に轢かれたりしたこともあったんです。今思うと、本当に危なかったなと思います。でも、徐々に徐々に、ですね。その「いつ死んでもいい」という考えになっていったのは。

――以前、「執着をなくしていきたい」ともおっしゃっていましたが、その心境にも重なります。

櫻井本当にそうなれたらいいなと思うんですけどね。そうそう、以前、みうらじゅんさんがテレビ番組で大学生を前に講義をしてたんですよ。その時、「みんな知ってた? 俺らって死ぬんだってさー」と言っていたんです。多分大学生くらいの年齢の人たちは自分が死ぬことなど考えてなくて生きてるんだろうなって。僕はある時から仏壇に手を合わせるようになって、いずれは自分もそちら側に行くんだなと意識するようになった。

――そうすると「未来」への捉え方も変わってきますよね。これから自分はああなりたい、こうしたいということを思い描く未来ではなく、「今をどう生きるか」になる。

櫻井そうですね。

――それが、さっきおっしゃった「今を味わっていく」ということにつながります。

櫻井だから、すごく手が届く、ちょっと先の、今が続いていく未来は考えているけど、それ以上の未来はあんまり考えてないかもしれない。本当にどうなるか分からないから。それは自分の健康とか命とかの話じゃなくて、世の中がどうなるかもわからない。ただ、若い子どもたちが、未来は明るいと思って生きていってほしいとは本当に願っているんです。

いかに臨場感を持って伝わるか、伝えるか。

――あらためて、ap bank fesでは、何を伝えていこうと考えていますか?

櫻井やっぱり「バンク」フェスなので、お金の使い道ですね。お客さんはそんなことを考えないで、ただ楽しんでくれるだけかもしれないけれど、その楽しむために払ったチケット代や物販を買ったお金が、社会に対して、世の中に対して、ポジティブに動いていこうとする団体の活動に役立つんだということ。

――ap bank fesの収益をどこに生かしていくか、それはどのように決めていくのですか?

櫻井まずは専門家の方にお話を伺いながら候補を出してもらって、みんなで会議して決めていこうと思ってます。でも難しいんですよ。今、良かれと思ってやったことが、5年後、ちょっとした科学の進歩や見方によって、これ、全然環境に良いことじゃなかったじゃん、ということもあるから。 大切なのは、ap bank fesに足を運んでくれる人が、臨場感を持ってそのプロジェクトに賛同できるかどうかだと思うんです。大きすぎるプロジェクトだと、なんとなくいいことしてる感じはわかるけど、自分には実感がないみたいなこともありますよね。

――大きすぎるものでも自分の暮らしとつながっていることがわかると腑に落ちます。だから、ap bank fesには、その「つながってるんだよ」ということを実感できる物語が、音楽をはじめ、いろんなところに散りばめられている。

櫻井その「抽象度」というのが面白いなと思っているんです。例えば、「犬と猫どちらが好きですか」という時に、犬が好きな人たちは犬の話をしたら盛り上がるんだけど、猫好きの人にとっては臨場感がわかない。そういう時は抽象度を上げて、もっと間口が広い話をする。この場合、「動物」の話をすれば、多くの人に興味を持って伝わる。ap bank fesは、その臨場感と抽象度の上がったり下がったりがとても大事だと思っているんです。 小林さんは抽象度を上げて物事を大きく捉えて発信するのが得意で、その小林さんに対して僕は、抽象度を下げて、どうやったらより臨場感を持って伝わるかをすごく意識していますね。ap bank fesでの小林さんと僕の役割ってそういうことなのかなって。

――今回、ap bank fesにサブタイトルをつけたのも櫻井さんのアイデアだったそうですね。

櫻井今、世の中にいろんなフェスがあるから、ap bank fesがどんなフェスが知らない人もいるだろうなと思った時に、ちゃんと「ap bank fesはこんなフェスです」ということをわかりやすく言葉で伝えるために、サブタイトルを掲げた方がいいなと思って。

――「社会と暮らしと音楽と」。そのつながりをもう一度感じることができる場所として、ap bank fesがある、と。

櫻井それこそがap bank fesなんじゃないかなと思ってるんです。