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06.28up
Vol.1
【対談】枝廣淳子×小林武史

5年ぶりの「つま恋」開催。そこで目指したいこととは?

小林今年の2月にアートディレクターの信藤三雄さんっていう方が亡くなられたんです。Mr.ChildrenやMy Little Loverなど僕がプロデュース手がけたものは、全部彼にアートディレクションしてもらっていた時期もあって。信藤さんは社会活動もたくさんやられていて、「諫早湾干拓事業問題」啓発の映像のためにSalyuをボーカルにした『砂』という歌を作ったりとか、折に触れそういう活動に誘っていただいていたんですね。信藤さんは「社会に関する活動」みたいなものがデザインにも現れていたりして、僕らも影響を受けていたところがあります。今年「ap bank fes」をやるにあたり「そういうこと考えてみない?」と櫻井に言ったら、櫻井から「社会と暮らしと音楽と、っていう言葉がふっと浮かんできて」と。「サブタイトルみたいにしてつけられたら」という話があったんですね。 僕、コメントにも書いたんですけれど、あの頃より現実はひどくなっているけれども、ビジョンを持って立ち向かえているかというと決してそうとは言い切れない。だからと言って「やめた」とか「諦める」とか思考停止するのはダメで。今、どういうところに目を向けていくのか、気持ちを寄せていくのか、みたいなことのヒントやきっかけになるフェスであるべきだし。ap bankの存在も、ap bank fesのあり方も、自分の利益ではなくて、自分以外の何か、誰か、それがきっと自分のこととも繋がっている、という想いでやってきた。それを諦めない気持ちで「ap bank fesを今年もまたやります」っていうことなんですよね。 なので、新しくそういうことやられている人がどういった活動をしているのか、若い世代でどういう活動があって、それを見守ったり注目したりしてるのか、っていうことをできるだけ伝えていけたらと思って。

枝廣ap bank fesを待ってた人って多いと思いますよ。テレビやネットで報道・アップされている情報は知っていても、「そこには真実はないのかも」と思ってる人も多いと思うんですよね。ap bank fesが再開してくれてありがたいっていうのと、そこで何を受け取って帰れるんだろうかという期待、ですね。 国立環境研究所の江守正多さんが「対話オフィス」というものを立ち上げていて、私もアドバイザーとして参加していて、年一回アドバイザー会議というのに出てるんですが、最近出た話題で、アメリカなどではちゃんと定義があるんですけれど「気候不安症」っていって、気候変動が不安でしょうがないっていう神経症が増えている。日本はまだそこまで来てないけれど、そういうふうな不安を感じてる人は少なくない。メディアの情報を見て余計に不安になる。みんな分からなくて不安を煽るようなことばかり言っているメディアも有るので。おそらくそういう人たちが、コロナ以前よりもap bank fesに何かを求めて来るだろうなという気がしていて。そこで何を伝えていけるのか、というのはありますよね。

小林僕らの今の暮らし方とか、かなり無自覚にやってきてることが、気候変動だけではないけれど影響している。枝廣さんがやられている海の問題にしてもそうで。何でもかんでも成長すればいいということではないことも、その意味も考えていかなくちゃいけない。いろんな気づきがあって、それをちゃんと捉えて、受け止めればいい話で。警鐘をチャンスとして変えていくというのは、そういう話は坂本さんともしてたんだけど。喉元すぎてもわからんか、というか、全然喉元すぎてない、魚の骨が刺さりまくってるのに。

枝廣そうですよね。

小林僕は、やっぱり気候変動の問題というのが本丸だなって思うんです。

枝廣気候変動って科学の世界の問題でもあるけれど、社会のあり方とか暮らしと直結してる。今回のサブタイトルを聞いた時に、「社会と暮らしと音楽?」みたいにピンとこない人もいるかもしれないけれど、実はそこは直結してるので、さすがだなあと思いました。

小林社会は「公」。自然も地球も含めて「社会」っていうふうに捉えるべきだし。暮らしは、家族とか自分たちにとって大事な友人とか、そういうことを守ったり育んでいったりするというふうに捉えていいと思う。でもその「暮らし」と「社会」は繋がってるっていうことなんですよね。「利己」と「利他」ということでも置き換えられるけど。

枝廣フェスに行くだけでも、お昼ご飯食べるにしても自分で食器洗うし、お店も掲示してある情報が普通と違うとか。あそこに行くだけでいろんな気づきとか刺激を受ける仕組みになってるじゃないですか。それだけでもすごいと思うし。更にさっき言った、漠然とした不安を抱えてる人たちが、それに対する何か、解決策とは言わないけれども、手を差し伸べてくれるのはここじゃないかと思って来る人が今年は多いと思います。

小林2008年のap bank fesでラオスの工場をエコ化することで排出権取引ができるというので、新幹線で来るお客さんやスタッフやアーティストの移動を、CO2を減らせるからというのでオフセットしたことあるんだけど、グリーン電力証書なんかもそうだけど、もちろん賛同できる部分はあるんだけど、もう少し腑に落ちる感じというか。例えば木を植えるとかね、皮膚感覚が伴ってるならばいいんだけど、数字上のものをお金に換算して代替させながらやりとりをするっていうのが、どうなんだろうなってちょっと思ってたんですが、やっぱりヨーロッパも、当時あったけど一回下火になって、でも今またそれがいよいよレギュラーになってきつつあるっていう。

枝廣日本でもようやくね。

小林いよいよ来たってこともあって、そういうこともやるべきなのか。ただ、今回、収益もいろんな形で使いたいと思ってるから、まあ排出権取引も選択肢の中の一つだし。それも絶対にないと思ってるわけじゃないんですよ。だからいろいろ考えて、「今回はこういう形にすることにしました」っていうのもあり得ないわけじゃないとは思ってるんだけど。

枝廣来る人の出すCO2を主催者がオフセットするのはいいのかっていう考え方もある。それぞれ来場者がオフセット、ここに来るならしてきてください、っていうか。どうしても出来ない人は主催者が代わりにやるっていうのはあると思うけれど。そうじゃないと、あまり意識が繋がらないですよね。

小林ポカーンとしちゃうかもね、確かにね。

枝廣私たち、イーズで「幸せ経済社会研究所」っていうのをバーチャルでやっているんですが、2011年に立ち上げた時のオープニングのイベントで、その時の参加費を、ホームレスの人たちが売ってる雑誌あるじゃないですか、「BIG ISSUE」を1冊、どこかで買って持ってきてください、それが入場料です、ってしたんです。「幸せ研」がやりたいことをそこで伝えたんですよね。そうするとみんな「どこで売ってるんだろう?」とか、今まで気にしていなかったけれど、街なかで「ああ、あの人売ってる人なんだ」となって、それからそこで買うようになったっていう人もいて。なんかそういうきっかけがね、あの時はちょっと作れたかなって思いましたね。

経済学者・ハーマン・デイリーが提唱する「定常経済」。

枝廣ハーマン・デイリーっていう経済学者がいて、元々は世界銀行のシニアエコノミストまでしていた人で、まあ「成長」の旗頭ですよね。彼が「定常経済」っていうのを言っていて。定常経済とは、経済の規模は大きくならないけれど、経済活動は盛んに行われているという経済です。経済活動が止まることではなくて。経済活動は、地球から資源やエネルギーを取り出して、地球に廃棄物やCO2などいらないものを吸収してもらっているので、地球が大きくならない限り、経済だけ成長し続けることはありえない。ハーマン・デイリーは「永久に経済成長ができると信じているのは気狂いか経済学者だ」って言ってます(笑)。彼は去年亡くなったんですけれど、彼の考えを私たちは日本で伝えてきました。「定常経済は可能だ!」というブックレットを出したりして。 「成長」という言葉が魔物なんですよ。規模が大きくなっているだけだから、本当は「経済拡大」って言った方がいい。経済拡大ってそんなに魅力的じゃないですよね。でも「成長」って言うと「必要だ!」になっちゃう。「脱成長」とか語ると、必ず「でも人間の成長ってどうなんですか? 人間って成長していくでしょう。それを否定するんですか?」って反論がくる。いや、そうじゃないでしょうって。GDPが増えるだけで、別に質的な成長してるんじゃなくて拡大してるだけ。拡大だけだったら止めてもいいんじゃない? ってね。

小林でも相変わらず世界を動かしてるのは欧米の一握りの人たちだからね。その背中を見て「成長しないなんて戯言だ」って、その一握りになりたい日本の連中が、そこに群がってる連中がみんなそう言ってるわけなんだけれど。でもこれにみんなぶら下がって生きてるから。

枝廣ほんとそうです、構造がそうなってますからね。

小林だから脱成長が旗頭にならないっていうのは、だってある意味一番ど真ん中の話だから。ど真ん中すぎてひっくり返らないんだよね。

枝廣あと人間の成長欲求っていうのが、量的な拡大だけじゃなくて「よくなりたい」とか「同じ時間かけるならたくさんのものを得たい」とか、人間の生来の欲求としてある。それが本能か、あとで学んだことなのかっていう議論はあるんですけれど。昔は望んだって無理だから望まなかった。「足るを知る」っていうのでよかったけど、今は望めば技術もあるし、お金さえあればできちゃう。その時に「足るを知る」っていうのがすごく難しくなっていて。ブータンが「GNH(国民総幸福量)」ってあれだけ言ってたけど、結局ブータンはグローバル経済にのみ込まれちゃったわけで。幸福度中心にやります、っていうのを、今はもう全然聞かないでしょ。

小林そうですね、、、。

「待つ」こと、「答えを急がない」こと。

枝廣ap bank fesは、やっぱりその「場」が作る雰囲気というか、みんなが「自分だけ」じゃなくて、周りの人を気遣ったりしている。みんなが他の場でも同じように優しい行動してるかっていうと、そうじゃないかもしれない。やっぱり場の持ってる力、そういう「優しいもの」が自分の中にあるって気がついたり体験することは多分その人を変えるだろうなと思うんですね。

小林利他学の伊藤亜紗さん、彼女にとっての「利他」っていうのは、「相手に対して何かをしなきゃ」っていうことじゃなくて、究極は「待つこと」なんですよね。ただ待てばいいってことではないと思うけど。櫻井が「to U」という曲で「頑張らなくていいよ、慌てなくていいよ」と、それなんですよね。だからどの人の中にもいろんなことがあって、気候変動の話とは次元が違うんだけど、もしくはグレタちゃんみたいな、ああいう子が出てきた時に僕ら何か感じなくちゃいけないことっていうのはあるんだけれども。でももうちょっと広いっていうのかな、もうちょっと下りた形で考える、むしろ明確な覚悟を持って待つとかね。本当に「慌てなくていいよ」って言ってあげられることとか。

枝廣今年の2月に『ネガティブ・ケイパビリティ』という本を出したんですけれど、それがまさに「待つこと」というか。今ってパパッと答えを出さないといけない世の中じゃないですか。コスパよりもタイムパフォーマンスの方が大事みたいな。そういう世の中になればなるほど、答えがわからないけれど思考停止に陥らないで考え続ける力、そこに居続ける力が大事、そういう本を書いたんです。答えをすぐにググって検索するか思考停止になるか、そのほうが楽なんだと思うけれど、頭を使おうねっていうね。心持ってるんだから心でちゃんと感じてねって。

さまざまな「工夫」が未来に繋がる。

枝廣今、熱海で炭を作るプロジェクトを始めているんです。CO2の削減には植林などによる大気中からの除去が必要なんですけれど、木が腐ったり燃やされたりすると、せっかく吸収した炭素がCO2として大気中に戻っちゃう。その前に炭にしておくと、何百年と炭素を固定できる。今、未来創造部で「未来炭化ユニット」という製炭炉を作っていて、これを使うと、6時間から8時間ぐらいで炭ができるんです。野菜クズとか伐採した枝とか、なんでも炭になるんです。その炭を使ってよくBBQやったりして、地域の人にも炭の良さをわかってもらったり。そこで作った炭を農地に入れて「J-クレジット」というカーボン・クレジットにしたり、ジャンジャン土中に埋め戻しちゃいたいです。炭って、それ自体が肥料になるわけじゃないんだけど、多孔質といって小さな穴がたくさん空いてて、1グラムの炭の表面積はテニスコート1面ぐらいになるっていう話がある。保水力があって微生物の住処になるので、炭を入れると土壌が豊かになって、一石二鳥なんです。

小林ap bankで何かやるなら、そこの出会いが、ある種の驚きとか、気持ちよさとかに繋がるというか。環境のことってお利口さんな感じになりがちじゃない? そのお利口さんを押し付けるよりは、命とか循環がこんなに気持ちいいんだって、そういう出会いを作ってあげる方がいいなと思うんだけど。まずはウェブサイトで、いくつかあるうちの一つにこの「炭を作るプロジェクト」が入ってるとかね。ウェブサイト見たら「へえ」みたいにちょっと響くことがあって。「こういうこともあり得るんだ」という、工夫っていうか。工夫がすごい大事だから。

枝廣私が見た印象ですが、これまでのap bank fesでは、ライブよりもいろんなブースを回って草履編んだりしている人が3%ぐらい、7%ぐらいはお昼食べに行った時にお皿を洗うという作業で何かに気づいて帰る人、8割9割の人は、そういうこと特に気にしないで「楽しいな」とイベントを楽しんでいるんじゃないかと思うんですね。ただ小林さんたちのトークで「こんな話もあるんだ」って気が付く人もいる。それを今回は前後でウェブで「こんなものあるんだ」というね。

小林そうですね。ウェブでまず熱を出しておく必要があるなと思ったんだけど。現場でもそういう取り組みをやってて、それは食べることとも結びつけられるとか。なんかそういうことが草の根的にある、人が行きそうなところにあるというか。それが今回の一つのテーマなんですよ。思考停止しないで、いろんな工夫をやろうとしているっていう姿勢と、結果としてこういうのが生まれているんだみたいなことを示していくのが今回のテーマなので。いろんなテーマが散りばめられているんだけど、それが優等生視点で並べられてるんじゃなくて、「いろいろ繋がってますよ」っていうことを伝えられると良いなと思うんですけれど。

枝廣やっぱり人によって引っ掛かる、ピンと来るところって違うから。私が熱海で活動しだしてから実感してるのは、リアルな活動。例えば「ここで海草植えてます」みたいな、そういうリアルなことが響く人、多いですよね。私はずっと空中戦やってきたけど熱海に来て初めて地上戦っていうかリアルに戦ってる気がしていて。

小林今回は、テレビで見たら「またこんなことやってるよ」ってつい思っちゃうようなことでも、そこにあったら「ああ、こうやって本当に頑張って諦めないで工夫してる人が普通にいるんだ」っていう感覚に持っていきたいんですよね。

枝廣ap bank fesって、日常から一歩考えてみようとか、一歩取り組んでみようとか、そういう人が対象だと思うんですよね。みんなを革命家にする必要はないし、そんなの不可能だしね。 最近、企業や省庁などからも「若い世代の声を聞きたい」ということで私のところに相談があったりもします。未来創造部でもユースチームというのがあって。そこでは29歳から小学生までごっちゃにするんですよ。すると上の子が、下の子がわからない言葉を説明してあげたりとか、社会人の人たちが小学生の問題意識に刺激を受けたりとか。そういうこともありますね。

小林何かを「知る」ってまあまあ楽しいことだからね。今まで見えなかった角度が見えてきたりするっていうことが、それは大変なことが見えてきたりするにしても、「ああそれに気づけてよかった」っていうことがきっとあるからね。

枝廣淳子

大学院大学至善館教授、幸せ経済社会研究所所長、環境ジャーナリスト、翻訳家

『不都合な真実』(アル・ゴア氏著)の翻訳をはじめ、環境・エネルギー問題に関する講演、執筆、企業研修やセミナー等の活動を通じて、地球環境の現状や国内外の動きを発信。持続可能で幸せな未来の共創に向けて、新しい経済や社会のあり方、幸福度、レジリエンス(しなやかな強さ)を高めるための考え方や事例を研究。「伝えること」で変化を創り、さまざまな「つながり」を取り戻すことをめざす。 システム思考やシナリオプランニングを生かした合意形成に向けての場づくり・ファシリテーターを数多く務めるほか、地域の意志ある未来を描く地域やゼロカーボンをめざす取り組みにアドバイザーとしてかかわっている。 著書に『ブルーカーボンとは何かー温暖化を防ぐ「海の森」ー』(岩波書店)、『答えを急がない勇気 ネガティブ・ケイパビリティのススメ』(イースト・プレス)ほか多数。

未来創造部 https://mirai-sozo.work 幸せ経済研究所 https://ishes.org